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大相撲昭和39年7月場所

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
大相撲昭和39年7月場所
基本情報
会場 名古屋市金山体育館
番付発表 1964年6月13日
開催期間 1964年6月21日 - 7月5日(15日間)
各段優勝・三賞
幕内最高優勝 富士錦猛光(14勝1敗)
十両優勝 長谷川勝利(13勝2敗)
幕下優勝 北武蔵進(7戦全勝)
三段目優勝 出羽竜守人(7戦全勝)
序二段優勝 高見山大五郎(7戦全勝)
序ノ口優勝 大吉沢正裕(7戦全勝)
殊勲賞 明武谷力伸
敢闘賞 富士錦猛光
技能賞 富士錦猛光
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大相撲昭和39年7月場所(おおずもうしょうわ39ねん7がつばしょ)は、1964年(昭和39年)6月21日から7月5日までの15日間、日本の愛知県名古屋市中区の名古屋市金山体育館で開催された大相撲の本場所である。

番付・星取表

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※赤文字は優勝力士の成績。

幕内

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東方 番付 西方
備考 成績 力士名 力士名 成績 備考
11勝4敗 栃ノ海 横綱 柏戸 全休
1勝4敗10休 大鵬 張出横綱
12勝3敗 北葉山 大関 佐田の山 8勝7敗
12勝3敗 栃光 張出大関 豊山 13勝2敗
8勝7敗 羽黒川 関脇 北の冨士 9勝6敗 新関脇
新小結 2勝13敗 沢光 小結 若浪 5勝10敗 新小結
6勝9敗 廣川 前頭1 明武谷 8勝7敗 殊勲賞
8勝7敗 清國 前頭2 開隆山 6勝9敗
7勝8敗 岩風 前頭3 海乃山 4勝11敗
8勝7敗 大豪 前頭4 鶴ヶ嶺 3勝12敗
2勝13敗 若秩父 前頭5 若見山 11勝4敗
4勝11敗 青ノ里 前頭6 玉乃島 8勝7敗
5勝10敗 羽黒山 前頭7 小城ノ花 4勝11敗
7勝8敗 若鳴門 前頭8 前田川 8勝7敗
9勝6敗 金乃花 前頭9 富士錦 14勝1敗 優勝
敢闘賞
技能賞
5勝10敗 北ノ國 前頭10 出羽錦 7勝8敗
11勝4敗 豊國 前頭11 房錦 8勝7敗
8勝7敗 若羽黒 前頭12 若天龍 8勝7敗
8勝7敗 常錦 前頭13 淺瀬川 10勝5敗 再入幕
再入幕 7勝6敗2休 二瀬川 前頭14 松前山 6勝9敗 新入幕
1勝2敗12休 栃王山 前頭15

十両

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東方 番付 西方
備考 成績 力士名 力士名 成績 備考
7勝8敗 玉嵐 十両1 若ノ國 5勝4敗6休
3勝12敗 天津風 十両2 琴櫻 9勝6敗
9勝6敗 義ノ花 十両3 荒波 8勝7敗
11勝4敗 君錦 十両4 大蛇川 5勝10敗
12勝3敗 宇多川 十両5 大雄 6勝9敗
7勝8敗 花光 十両6 若乃洲 5勝10敗
8勝7敗 若杉山 十両7 扇山 8勝7敗
7勝8敗 追手山 十両8 清乃森 11勝4敗
7勝8敗 沢風 十両9 天水山 5勝10敗
13勝2敗 長谷川 十両10 東錦 8勝7敗
8勝7敗 宮柱 十両11 麒麟児 9勝6敗
8勝7敗 三瓶山 十両12 若二瀬 6勝9敗
6勝9敗 河内山 十両13 照の花 7勝8敗
8勝7敗 三輝山 十両14 松光 7勝8敗
再十両 6勝9敗 福田山 十両15 荒川 8勝7敗
8勝7敗 時津浪 十両16 大文字 8勝7敗
4勝11敗 伊達錦 十両17 昭光 6勝9敗
新十両 4勝11敗 津軽國 十両18 福の花 10勝5敗 新十両

優勝争い

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柏戸は前場所で負傷した右肩の怪我が癒えず全休。大鵬も2日目から3連敗して5日目から途中休場。前場所優勝の栃ノ海は3横綱で唯一皆勤したものの、黒星先行のヌケヌケで7日目までに4敗を喫して優勝争いから脱落した[1]。

優勝争いに絡めなかった3横綱に代わって優勝争いを牽引することになったのは大関の豊山と平幕の富士錦で、中日終了時点で全勝はこの2人のみとなり、9日目、10日目もこの2人は連勝した[1]。

11日目、富士錦が開隆山に敗れて初黒星。後から土俵に上がった豊山は清國の勇み足で星を拾い、ただ1人全勝を維持した[1]。

12日目、豊山は2敗の栃光に寄り倒しで敗れて初黒星。富士錦は勝利したため豊山と1敗で並ぶ形となり、2敗で栃光と北葉山が追う展開に変わった[1]。

13日目、1敗の2人は揃って勝利。2敗の2人は直接対決が組まれて、北葉山が勝利した[1]。

14日目、富士錦は羽黒川に勝って1敗を維持したが、豊山は栃ノ海に上手出し投げで敗れて2敗に後退[1]。

千秋楽、1敗と2敗の力士の中で最初に土俵に上がった富士錦が北の冨士に叩き込みで勝利。この瞬間、富士錦の初優勝が決定した[1]。

三賞

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平幕優勝の富士錦が敢闘賞と技能賞をダブル受賞した。

大鵬から金星を挙げた明武谷が殊勲賞を受賞した[1]。

備考

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  • 名古屋市金山体育館で開催された最後の本場所である[2]。1965年以降の7月(名古屋)場所の会場は愛知県体育館に変更された[3]。
  • 1月場所・3月場所連覇の大鵬と、5月場所優勝の栃ノ海は、5月場所後の6月1日から番付発表前日の6月12日まで、優勝の副賞としてエールフランスの招待で渡欧したため、場所前に稽古不足を懸念する声があった[1]。
  • 元幕内の一乃矢は、この場所限りで廃業した。

脚注

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注釈

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出典

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  1. 1 2 3 4 5 6 7 8 9 「~日本相撲協会YouTube連動企画~ プレイバック!昭和39年7月場所」『相撲』2022年7月号、ベースボール・マガジン社、68-70頁。
  2. ↑ 鷹見正之「ロビーに氷柱、花道では酸素をブワーッ(名古屋あの夏)」『朝日新聞』2015年7月15日。2026年10月17日閲覧。
  3. ↑ 荻野公一「59回の歴史に「千秋楽」 大相撲名古屋場所を彩った愛知県体育館」『毎日新聞』2024年7月30日。2026年10月17日閲覧。